2022年7月1日
院長 大石 孝

「この長いヤツへつゆを三分の一つけて、一口に飲んでしまうんだね。噛んじゃいけない、噛んじゃ蕎麦の味がなくなる。つるつると咽喉を滑り込むところが値打ちだよ。」・・これは、夏目漱石の『我が輩は猫である』の一節である(注:長いヤツとは蕎麦のこと)。夏はなんといってもざる蕎麦が合う。今回は蕎麦の話。
蕎麦は、寿司、天ぷらと並ぶ代表的な日本料理である。その歴史は古く、8世紀には蕎麦の栽培について書かれた記録がある。16世紀に現在のそば粉を麺の形にする「そば切り」という調理法ができ、江戸中期になると庶民にも現在の蕎麦の食べ方が定着していった。この頃、「江戸患い(えどわずらい)」と呼ばれた脚気が流行った。ところが、蕎麦を食べると江戸患いが治ることが何となく分かったのか、江戸ではうどんよりも蕎麦が主流となった。白米だけではビタミンB1欠乏が起こるが、ビタミンB1を多く含む蕎麦を食べるとその欠乏を補うことになる。江戸後期には蕎麦屋が数多くあり、蕎麦は今でいうファーストフードのような存在だったので、庶民も、仕事の合間に効率的に食べられるものを好み、店に入って注文すればサッと出て、サクッと食べられるものを好んだらしい。ざる蕎麦は蕎麦を竹ざるに乗せて出したところ大いに売れたことから広まった。蕎麦をすする行為も、江戸っ子から始まったのではないかと言われている。

蕎麦は、蕎麦の実をひいた粉(蕎麦粉)、つなぎ、水を用いて作られる。デンプンの少ない蕎麦粉は細く伸ばすと千切れやすいため、大抵はデンプンを多く含む小麦粉をつなぎ(結着剤)に混ぜる。小麦粉に対する蕎麦粉の配合割合は色々で、小麦粉なしの蕎麦は「十割(とわり)蕎麦」という。蕎麦は前述のビタミンB1の他、各種アミノ酸やルチンを含み、栄養価が高い。ルチンは酒呑みの高血圧や動脈硬化を抑える効果がある。美味しくて健康にも良い食べ物であるが、蕎麦で食物アレルギーを起こす人もいるので、要注意。
最後に、綾小路きみまろ風漫談で・・、「若い時は、美味しい蕎麦を前にして、蕎麦より貴方のそばがいい、なんて言ってくれたのに・・・あれから40年、貴方がそばにいると蕁麻疹が出るわ、これがほんとのそばアレルギー!」