コーヒータイム(48) 裸足

2019年12月1日
アドバイザー 加藤 洋男

秋晴れの好天の一日、孫の小学校の運動会に出かけた。中で目に残ったのは、最近は見かけることの少ない組体操での”裸足”であった。
 先日たまたま私の昔の写真を見ていたら、市の小学校野球大会後の記念写真は全員裸足だった。中学校の時の同じような写真はさすがに靴を履いていたが、それでも日頃は下駄を履いて学校へ行き、学校へ着いた後は上履きもなく裸足の行動で、そのためか教室の校庭側の出入り口には足洗場が設けられていた。昼休みは食事もそこそこで、またテストの時はよくチェックもせずに早々と提出して、裸足で校庭へ飛び出していたことを記憶している。お蔭で、渡り廊下から釘が出ていて、足の裏を切ってしまった傷は今でも残っている。ことほど左様に裸足中心の学校生活だった。

日本では古来、家の出入り口で履物を脱ぐ習慣があるが、欧米では基本的に靴を履いたままの生活をしている。このため住宅には玄関がなく、いきなりリビングやキッチンだ。下駄箱もない。長期の米国勤務を終えて帰国した社員が家を建てた。ところがその後国内の他所へ転勤となり、持ち家が空いたので不動産屋に賃借を依頼したところ、「玄関がない! しかも風呂はシャワーのみ」ということで断られたという話を思い起こす。最近は日本でも、和室が減ってフローリングのみの家が増え、家へ帰ってもスリッパを履きで裸足の生活は減っている。

“裸足と靴のどちらが速く走れるか”の実験では瞬間的スピードは裸足だ、という意見もあるが明確ではない。「裸足」で最も衝撃的だったのは、1960年ローマオリンピックのマラソンで金メダルに輝いたエチオペアのアベベ・ビキラだ。直前に靴が壊れたため裸足で走ったそうだが、記録も当時の世界最高だった。因みにアベベは4年後の東京オリンピックでは靴を履いてマラソン2連覇を遂げた。
 日本の伝統的なスポーツは裸足が多い。裸足は神聖さを持つことと、武器を持っていないという表示だそうだが、相撲、柔道、剣道などみな裸足だ。
 また、修験道や仏教の儀式で「火渡り」がある。熱した炭の上を裸足で歩くが、適切に行われる限りやけどはしない。その理由は主な成分が水である足と炭との関係が科学的に証明されているが、もちろんこの儀式が始まった頃はそんな証明はない。

現代を生きる私たちは、日頃の生活も健康管理も、裸足か靴を履くかはともかく、「地に足を付けて」いきたいと思う。

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