2021年 8月1日
アドバイザー 加藤 洋男
夏の風物詩に”夕涼み”がある。今の時代では見られないが、私の幼い頃は夏の楽しみの一つだった。夕食や入浴が済んだ後、車が通ることは殆どない未舗装道路に、幅1mもない小さい川から柄杓で打ち水をするのは子供の役割。縁台が並び近所の老若男女が三々五々集まって、子供は線香花火やねずみ花火などの花火に興じ、大人は他愛のない会話に花が咲く。戦後の物資がない時代ではあったが心安らぐ楽しい時間であったことを思い出す。ここで欠かせないのは、蚊取り線香と団扇だ。
特に団扇は、炊事や虫追い、涼などに大活躍だった。
団扇が印象的な2つの絵画が思い起こされる。右は黒田清輝の「湖畔」で、後に夫人となる女性と箱根に旅し芦ノ湖畔で描かれたもの。夏の高地の風景に浴衣と団扇が印象的だ。重要文化財に指定されている。
左はフランスのクロード・モネの「ラ・ジャポネーズ」で、浮世絵を蒐集するなど日本趣味で名高いだけに、女性の打掛け姿は暑そうだが扇を持ち、バックには涼しげな団扇がたくさん貼られている。二人はほぼ同年代で、明治大正の時代に活躍した。
団扇は、古来は大型で「あおぐ」より「はらう」「かざす」ためのもので、儀式、祈願などに使われた。室町時代に現在のような形になったと言われる。”うちわ”は団扇と書くが、団は丸いことを意味する。江戸時代に一般大衆に普及し、いろいろな事に使われるようになった。昔の商店はお得意さんに、暮に日めくり暦、盆に団扇を配るのが定番だった。その後昭和40年代以降、扇風機、クーラー、電気、ガスなどの普及で実用に余り使われなくなった。現在では、花火大会や盆踊りなどで浴衣や下駄とセットで使われ、夏を楽しませてくれる。産地は全国各地にあるが、千葉県の南房総市や館山市の房州団扇が有名だ。
最近、団扇であおぐ風が意外に涼を呼び案配がよいことに気付き、枕元に常備している。日中過ごす部屋では、熱中症対策でクーラーが必須だ。一方コロナ禍では換気のため窓を開ける必要がある。窓を開けつつクーラーをかけることになるが、その中での穏やかな団扇の風が心地よい。