コーヒータイム(72) クリスマス

2023年12月1日
アドバイザー 加藤 洋男

12月に入るとにわかに街がクリスマスの様相を帯びてくる。明治時代に既にクリスマス商戦があったが、大きなイベントとして定着したのは戦後になってからという。

明治と大正生まれの両親の我家ではクリスマスを楽しむ習慣はなかったが、地元の米軍基地が小学生を招いてパーティを開いてくれた。催しの内容は記憶にないが、お土産のチョコレートが珍しく、その美味しさに感激したことを鮮明に覚えている。
 子を持つ親となってからは、幼い子供が信じるサンタの夢を壊さないために、デパートでプレゼントの品定めをした後、子供に気付かれないように車のトランクに隠し、子供が寝てから枕元に置いていたことを思い出す。次第に子供も認識しだすと笑い話になったことも懐かしい。

高度成長の時代、サラリーマンは繁華街へ繰り出して羽目を外すことが多かったが、時代も変わって家で静かに楽しいクリスマスを過ごすことが主体となった。イブの夕方嬉しそうにケーキを持って帰る親の姿を見かけると”小さな幸せ”を感じられて微笑ましい。
 我が家でも、ささやかながら定番のシャンパンで乾杯して家庭料理で赤ワインを飲み、最後にケーキをほおばる。とかく慌ただしい師走の中で穏やかなひとときを感じる。

正月やお盆など日本古来の行事が年々下火になっていくのは寂しいが、クリスマスは盛んだ。本来はイエス・キリストの誕生を記念する行事だが、神仏が主体の日本でも盛んなのは、サンタクロース、プレゼント、ツリー、ケーキ、料理に加えて小説や音楽も含めて夢の多い催しが、その理由かも知れない。中学1年生の時、英語の先生が「ホワイトクリスマス」「ジングルベル」「聖しこの夜」の原曲3曲の歌詞を藁半紙にガリ版刷して教えてくれた。中学生の頃興味を持ったものは忘れないと言われるが、それは確かで、この時期になると未だに密かに口ずさんで楽しい気分になる。

いくつになっても、クリスマスだけでなく、季節の行事を楽しむことが出来ることはメリハリがついて精神衛生上もよいのではないだろうか。