2023年11月24日
皮膚科医師
芳川万代
「忘れる」ことは悪いこと?
小さい頃から忘れ物をして怒られたり、大人になって物忘れをすると脳の老化を心配する…
という具合に「忘れる」ことは悪いことと思っていませんか?
実は、最新の脳科学では”「忘れる」ことは脳の持っている重要な機能の一つであり、脳は「忘れる」ために日々多くのエネルギーを使っている”ということがわかってきました。
記憶と忘却
記憶というはたらきは、脳の海馬や大脳皮質などによって営まれます。
脳内には、ニューロンと呼ばれる神経細胞が『シナプス』を介してつながっていて、電子回路のようなネットワークをつくって情報を伝達しています。『シナプス』は様々なことを経験したり学習したりすることで変化します。ニューロンから受け取った情報をそのまま流すのではなく、『シナプス』を大きくしたり小さくしたりすることで、情報の伝わりやすさを操作しているのです。この変化を、”『シナプス』の可塑性(かそせい)”といいます。新しい経験や体験などによって脳が活性化され、『シナプス』が大きくなり、そこを通る神経伝達物質の放出量が増えると、情報をたくさん伝えられる・受け取れるという効果がみられます。逆に、その記憶をあまり思い出さないと、『シナプス』が小さくなり記憶は消去されます(受動的な忘却)。しかし、それとは別に、脳は「忘れる」ためのタンパク質を積極的に作り出しているということが最近わかってきたのです。このタンパク質は『シナプス』を退縮させて記憶が失われます(積極的な忘却)。
なぜ「忘れる」のか?
皆さん、1週間前に何を考えていたか、覚えているでしょうか?
大概のことは忘れてしまっているのではないでしょうか。それは、脳が健全に働いている証拠です。もし、嫌な記憶も含めて全て覚えてしまっていると、不安感やストレスとなって「うつ」などの病気になったり、私たちの身体に悪影響を及ぼすことになるでしょう。
最近は、忘却を積極的に進めるタンパク質”Rac1(ラック・ワン)”の存在が明らかとなってきました。”Rac1″が発現すると、シナプスは退縮して記憶が失われます。この”Rac1″は新しい情報にワクワクしたときに増え、新しい記憶を作ることを促しています。これは人類の進化にも必要なことなのです。古い記憶が場所を明け渡すことによって新しい記憶が生まれ、個人として成長したり、種として新しい環境に適応し、進化していくのです。
次回は、脳寿命を伸ばすためにどうすれば良いのかをお話ししたいと思います。