(13)蚊帳(かや)

zuiki

2020年 7月 1日
理事 德田 好美




蚊の居るとつぶやきそめし卯月(うつき)かな高浜 虚子

  

コロナ騒ぎで家に閉じこもっている間に、早くも夏の暑さを思わせる季節がやってきた。冒頭の句の卯月は旧暦の4月・・・卯の花の咲く頃で、ほぼ梅雨入り前の季節に当たる。

といっても現実には、今一つピンと来ないところもある。このところ蚊の出る季節という感覚が、少々薄れてきたように思えるからだ。

ついこの前までは、そろそろ蚊帳を取り出して使っている時期だが、今日この頃はどうだろう。我が家でも蚊帳の存在を忘れ果てて久しい。若い人の中にはもしかしたら「かや」そのものを知らない人も居るかも知れない。

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夜になると、畳の部屋に蚊帳をつるして、家族が一緒に布団を敷く。そこは家族団らんの一日の終曲を(かな)でる場となる。当時一人っ子は少なかったので、小さい子たちにとって、蚊帳の中はいわばレスリングのマットになる。或いは母親に寄り添い、昔話を聞きながら眠りにつく。時には雨戸を開け放って、涼しい夜風を蚊帳の中に迎え入れる。寝相(ねぞう)が悪くて、寝ている間に手足が蚊帳の外にはみ出し、朝起きたときは蚊に刺されて真っ赤になっている。 ついこの前までは、そういう姿が我々庶民の日常であった。

科学の進歩とともに、人間の住環境は格段に良くなっている。一方、懐かしい夏の風物詩が一つ消えようとして いる。感謝の想いの片隅に、奇妙な惜別の情が、私の想い出の中で頭をかしげている。